フレデリック フースラー「うたうこと」の探求

だれもが経験する「うたうこと」の未消化感
フースラー先生とマーリン先生共著の「うたうこと」には高校生の時に巡り合っていましたが、ほぼ、ちんぷんかんぷんで、全く読み進められませんでした。今まで、買っては手放し、買っては手放しをして、3回ほど古本屋さんへ「うたうこと」を手放しています。でも、なぜか手放す度に「あの本には、何か読み解かなくてはいけないものがあったのではないか」という想いだけが残り、ある期間をおいては、また手元に置きたくなる不思議な本なのでした。
「ただものではない」この本を読み解くために
この本を読み解くには、筋肉の収縮と弛緩のメカニズム、筋肉の起始停止、神経支配、骨の名前などをしっかりわからなくては、永遠に読み解けないと悟り、40代の最後に決意をし、医療系の国家資格を取ろうと一念発起します。3年間専門学校に通い、国家資格を取得します。
体に鍼を刺すことで、なぜ身体の不調が改善されるのか、などは特に神経伝達の勉強などをしなくてはならない鍼灸師の国家資格を選びました。畑違いの医療の勉強は、想像以上にきついものでした。鍼灸師になりたいわけではなかったので、言い訳をしだしたらいつでもリタイアが出来てしまう。
ただただ「うたうこと」を正確に読みたい、それだけのためにここまで頑張れたのは、やはり「うたうこと」の本から発せられる「ただものではない」風格と「うたうこと」の英語版で読んだ、マーリン先生が書き残したフースラー先生の人物像に「惚れた」からに他なりません。


マーリン先生が書き残したフースラー先生の人物像
マーリン先生が書き残したフースラー先生の人物像には、『ふとした「考え」に基づいて、肉体的に大変な努力と、試しては失敗することを何度も繰り返し、自身も素晴らしいテナーバリトンとなり、指導者としても多くの歌手のキャリアを作り救った』、とあります。
生徒のインタビューでは、『フースラー先生のレッスンを受けるたびに私は宇宙の一部になったのを感じた』、と。
もちろんお会いしたこともないフースラー先生ですが、私にとっては、大変引き付けられる理想の人物像なのです。
そして、書かれている内容は、やはり解剖生理学の勉強と歌うことの実践両方を積まないと見えてこない、大変な秘密が書かれていたのでした。
読み解けるようになったので、国家資格まで取得する努力をして本当に良かったと思っています。
