yvonne rodd-marling

マーリン先生の言葉

フレデリック・フースラー先生とイヴォンヌ・ロッド・マーリン先生の共著「うたうこと」(音楽之友社)という一冊の本。日本語訳に納得が出来ない点が多々あったため、ドイツ語版と英語版の両方を翻訳者をつけて、通読しました。

ここでは、「うたうこと」の日本語版には載ってない、英語版の、裏表紙内側、前書き、表紙内側に書いてあること(共著されたマーリン先生の言葉)をご紹介致します。フースラー先生の人となりとフースラー先生が全く別次元の偉大な先生であったことをお伝えできると思いますので、ぜひ読んで頂けたらと思います。

英語版タイトル:「SINGING The Physical Nature of the Vocal Organ A Guide to the Unlocking of the Singing Voice FREDERICK HUSLER & YVONNE RODD-MARLING 」

1、裏表紙内側 生いたち

フースラー先生の生いたち

フレデリック・フースラーは1889年に米国ユタ州で生まれ、1969年スイスで亡くなりました。父親の生まれはスイスで、母親はドイツ人でした。フレデリックが8歳の時父親が亡くなり、教育のためミュンヘンに移住しました。

歌うことに生涯を捧げることに

多くの分野で才能に恵まれていましたが、生まれつき歌唱の才能はほとんどなかったので、10代の終わりに歌唱に意識を向けました。この才能の欠如を克服しようと決意し、歌うことに生涯を捧げることになりました。27歳までにフースラーは優れた歌手となり、ミュンヘンでは教師として有名でした。

シュルテン音楽院

1922年にフースラーと妻はベルリンに移りました。フースラーは有名なシュルテン音楽院で声楽の学科長に就任し、職務以外にも(翻訳者注:声に困っている患者とも呼べる類いの)生徒を沢山抱えました。オットー・クレンペラー(Otto Klemperer)のもとにあったクロールオーパー(Kroll Opera)の合唱団は、全体がフースラーの指導下に置かれました。公演を聞いた人はいまだに、その素晴らしさに並ぶ公演はないと考えています。

デトモルト音楽大学

フースラーは、北西ドイツ デトモルト音楽大学を、ヴィルヘルム・マーラー(Wilhelm Maler)教授(作曲家)、コンラート・ハンゼン(Conrad Hansen)教授(ピアノ)、ミュンヒ・ホーランド(Münch-Holland)教授(チェロ)、マックス・シュトループ(Max Strub)教授と共に共同設立しました。フースラーの教室から10年間で60人以上のソリストが誕生し、かなり多くが国際的に認められました。1961年にフースラーとイヴォンヌ・ロッド・マーリンは、クレンペラー(Klemperer)、ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan)、マルコム・サージェント(Malcolm Sargent)、ウィリアム・ギロック卿(Sir William Glock)などから賛助を得てスイスで学校を開設しました。

マーリン先生がフースラー先生の生徒に

イヴォンヌ・ロッド・マーリンは、ロンドンで外交官の両親の元に生まれ、海外で大半の教育を受けました。音楽、リベラル・アーツ(文化系教養科目)、医学に主に関心がありました。歌の教師たちとの成果の上がらないレッスン体験をした後で(とはいえ、マーリンは教師たちとも貴重な長続きする友人関係を形成しました)、1937年にフースラーの生徒になりました。

フースラー先生にすべてを執筆するよう促した

すぐに教授法の価値に気づき、マーリンはフースラーにすべてを執筆するよう促しましたが、当初フースラーは断りました。声の扱い方がうまくいく結果をもたらす理由を証明する方法がないと言いました。1947年になってようやく本の執筆が始まり、この作業は2人にとって生涯をかけての共著となりました。
イヴォンヌ・ロッド・マーリンは、本書が第3刷にかけられていた1982年9月に亡くなりました。

2、前書き

本書の執筆にはおよそ15年

フレデリック・フースラーは本書の執筆に取りかかるまで30年以上にわたり、高く評価され、特に成功した教師として働いてきたにもかかわらず、本書の執筆にはおよそ15年を要した。フースラーが18、19歳の頃よりずっと前から抱いていたひらめきをきっかけに、歳月の大半を研究(ワクワクする発見)に費やした。

人類は、種として生まれながらに歌うように作られているに違いない

歌うことについて書かれた学術書は数千冊にも及ぶが、教師、医師、科学者、音声学専門家、歌手自身、歌手兼喉頭学者の誰も、フースラー独自の(翻訳者注:解決の)かぎを思いついた者はいなかった。それは、数多(あまた)ある重要な概念と同じく驚くほど単純なものだった。フースラーは、素晴らしい声の持ち主が特別な人ではないことを確信した。そのため、人類は、種として生まれながらに歌うように作られているに違いないという考えに至った。

一体どうしてこの事実があるにも関わらず、人間の飽くなき好奇心が原因で混乱を招いてしまうのか。(声に関する学問、つまり音声学などは、比較的最近の科学分野である。)偉大な教師マヌエル・ガルシア・ジュニアが喉頭鏡を発明したことで、おそらく問題が始まったのだろう。耳を傾けるよりも見ることの方が一般的になってしまった。ガルシア自身はあまりにも熱心な教師であるがゆえに、将来世代のために自分が掘った穴に落ちてしまった。

フースラーの人となり

フースラーとはどんな人物だったのだろうか。本書の内容をより簡単に把握するために、少し彼の性格を把握しておくと参考になるかもしれない。フースラーの人となりを言い表そうとすると、客観的な人物評をし続けることがいかに難しいかが分かる。

異なる年代層の女性1人と男性2人に短い電話インタビューをしたところ、このように述べている。
「フースラーの本質をなす性格とは、清廉潔白さを放ち、すさまじいほどの感受性をもつ、円熟し完全に一貫した融和主義の人格だ。謙虚であり、最高の音楽家としての才能があり、幅広い分野に関心を持っていた。フースラーは生徒に全身全霊を捧げる教師であり、すばらしいユーモアのセンスももちろん兼ね備えていた」

「フースラーはすべてを取り込む完璧な人間だったと思う。彼に出会えたのは、私にとってこれまでの人生もこれからもきっと、最高の出来事だ」

「フースラーは私たちを見る。私たちは、フースラーに夢中になる。その素晴らしい親切な眼差しが見ると、自分のことを分かってくれる。レッスンを受けるたびに私は宇宙の一部になったのを感じた。彼はすべてを兼ね備えていた」

金銭、所有物、名声をほとんど気にかけることはなかった

どうしてフースラーはこのような多彩で豊富な好奇心を持つ人格になったのだろうか。まったく偏見のない心を持ち、完璧主義者で指導者だった。やろうときめたことはすべて、うまく見事に行った。彼にとっての美とは、人生において極めて重要な一貫している要素だった。

フースラーは家の建築から極小の昆虫を標本にすることまで、自分で何でもできた。人生の大半、一日18時間以上働いた。人道主義者であり哲学者だったが、机上の空論を言うタイプではなかった。人類とその将来、この世に生きること、つまり世の中の精神的状態、芸術的状態、実践的状態、生態的状態に主に関心があった。(死後、1970年にシュトゥットガルトのベルサー・フェラグ出版社が発刊した『完璧な楽器』を参照。)

フースラーは自然の神秘に魅了され、豊富な知識を持つ通常の動植物研究家を超えており、昆虫学者としても彼の発見は有名だった。アスリートであり、スポーツとしてスキーが確立した頃のスキー選手だった。険しい上り坂も常に先頭にいて、ヨーロッパの主な名峰を登頂した。金銭、所有物、名声をほとんど気にかけることはなかった。

自分の身体で証明

歌うことはフースラーにとってできなかったことであり、最大の挑戦だった。非常に幼い頃、声がカラスのしわがれ声に似ていると言われていたが、ふとした「着想」に基づいて、肉体的に大変な努力と、試しては失敗することを何度も繰り返して、声域、パワー、しなやかさ、色などの特質をすべてもつ、フースラーの素晴らしいテナー・バリトンが出現し、自らの信念の有効性を自分の身体で証明したのだ。

フースラーは27歳から80歳で亡くなるまでずっと教えていた。多くのキャリアを作り救った。当然いつもうまくいくとは限らなかったが。そんなことは無理だ。性格、音楽的才能、体力、体格、知力に加え、「(翻訳者補足:歌手になれるくらい良い)声があったとしても」歌手自身が成功するに違いないという確信、このすべてが必要なのだ。

うたうこと

本書の執筆が進むにつれて、歌唱の教授が、最終的に明確な規則になることが次第に明らかとなった。最も複雑な問題は、(翻訳者補足:歌唱時の)(発声器官は使用時にのみ発声器官として存在するので)発声器官の範囲を定義すること、さらに、どの法則がその機能を司っているのかを発見すること、そして結論に至るための証拠をできるだけ見つけることだった。

徐々に、法則は基本的に単純であり、あらゆる声に適用できるという認識とともに、楽器としての見事な論理構造が明らかとなった。フースラーはこれまでの経験から、直接的なアプローチが今やできるようになったことで、仕事がどれほど簡単になったかを喜んで認めた。歌うことを教えること、つまりヴォイス・トレーニングが随分単純になったのだ。

それは、たとえ傷ついていない声帯を扱う場合であっても、必ずしも簡単ではない。よく耳にする、拍手喝采を浴びている生まれながらの若い歌手が、現代の音楽シーンで酷使され犠牲となることについて考える。どうしてこの生まれ持った才能が鍛えられてこなかったのか、と。(例えるなら、しかるべき訓練を受けさせずに、若手アスリートをオリンピックに送りこむようなものだ。)

うたうことは、極めて肉体的な出来事であり、美を表現したいという本質的な感情的な願いによって始められた筋肉の運動によって生じる独自のコミュニケーション形態である。

最初が肝心

本書の読者は、自分自身が、人類学的に、音響的に、哲学的に、進化の色々な観点で考えていることに気づくかもしれない。それによって、なぜ、どうしてという疑問に対する理由を発見できる。その時のワクワク感と、想定や仮説が根拠とすべき証拠もないまま周囲に漂よっているときに経験した不満をこのような読者にもいくらか感じていただけたら嬉しく思う。哀れなほど限りある心はあまりにも多くのことで占められているので、歌うことは依然として多くの点で謎のままだ。芸術家の素晴らしい歌手から発せられる不思議な技は、標本の蝶のようにピンで留めることはできない。

本書の至らぬ点が何であろうと、はっきりとしていることがある。声の訓練で最も重要な段階は、最初の段階であり、特に、非常に若い歌手や子供でさえ訓練するなら、最初が肝心ということである。理想は、その時にパターンを設定すべきである。設定すれば、本来もっている変えることのできない発声器官の法則によって、歌手が望む長いキャリアの間ずっと声が発達する。さもなければ、いくら「磨いても」、いくら演奏のコースをしても、いくらレパートリーを学んでも、話すことと同様、知性の産物である音楽の演奏を求められる道具(楽器)を向上させることはない。

発声器官で何が起きているのかを聴く

この単調な記述についてのヒントを少々お伝えする。美しく歌われる音は、ほんの一瞬だ。その生成の分析に多くのページを使い、必ず繰り返している。ある箇所で曖昧に思えた内容が、別の箇所では明確になる。流し読みする本ではないかもしれないが、趣旨を理解してしまえば、残りは比較的分かりやすくなる。あちこちの章に浸ることで、興味深く役立つことが分かるだろう。紛らわしい筋肉の名称などの医学用語や科学用語を暗記する必要はない。詳細に入る前に、代わりに、全体の概要を思い描いて欲しい。まず、広大で応用自在性の高い発声器官で何が起きているのかを聴くことを学んで欲しい。

3、表紙内側

1、本書の目的

1.本書の目的は、歌声を生み出す上で役割を果たす肉体の構成要素に直接的、客観的に機能する正確な科学的根拠を、歌手と教師に提示することである。

2、本書の趣旨

2.本書の主旨は単純明快である。両著者は、人間は種として生まれながらに歌うようにできていること、そして一般的な人間であれば、音で美を作り出す仕組みが備えられているということを主張する。(歌うことと話すことが、同じ仕組みではないことに注意。)

3、歌うべき道具

3.人類が歌おうとして、歌うべき道具を持っているとしたら、それは何からできていて、その機能をつかさどる生理学上の法則とはどのようなものだろうか。声を高く、丸く、大きく出すときに身体には何が起きているのか。何が声を運ぶのか。実際の声域とは何か。声を「置く」とは実際何を意味しているのか。今まで安定していた声が、制御できないトレモロ(震え)になったり、高音が突然出なくなったりするのはどうしてか。歌手は、最初にそのような不健康な症状を自覚し、そして非常に苦しむことになる。

4、技術、知識、鍛錬について書かれたものはほとんどない

4.声に関する素晴らしい教材は今も多く存在しているが、長年口伝されてきた技術、知識、鍛錬について書かれたものはほとんどない。完全に調和の取れた四重唱は今ではめったに存在しない。とはいえ最近、(翻訳者補足:素晴らしい歌唱技術があった時代と)同じ容易さと名人芸を発揮した声から声を次々に(現在の多くの支援技術を使わずに)録音した。

5、ベルカントの黄金期

5.ベルカントの黄金期、教師には「科学的」知識はなかったが、(翻訳者注:今よりも)もっとnatureの近くにいた。彼らの耳はまだ「聴く」ことができた。本来の生理学上の原則に対する教師の感覚は鈍っていなかった。どのように動かすかを「知っていた」ので、今日では不可能と考えられている素晴らしい歌唱ができる歌手を数え切れないほど多く輩出した。

6、現代科学の成果と古くからの教授法を組み合わせた

6.本書の初版が18年前に発行されて以来、教師たちは声の発達に直接働きかけるのが、(100年以上前にごく標準的だったことを成し遂げるには相変わらず時間がかかるとはいえ、)以前よりも単純だと気づいた。本書は、奇跡的な新しい「手法」を提示しているわけではなく、現代科学の成果と古くからの教授法を組み合わせた非常にうまくいった試みの産物である。